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 星座の神話 定説検査(20)

“みなみの○○座”の学名



まとめ

現在の星座には「みなみの○○座」という星座が3つあります。これらの学名は次の通りで、なぜか「南の」を意味する「Austrinus」「Australis」「Australe」がすべて異なっています。
みなみのうお座/Piscis Austrinus
みなみのかんむり座/Corona Australis
みなみのさんかく座/Triangulum Australe
これは、ラテン語の文法によるもので、それぞれ形容詞の「男性形」「女性形」「中性形」の語尾変化の結果です。


検証・考察

IAU(1922)に決定された星座の略符と学名
赤枠は、「みなみのかんむり座」「みなみのうお座」「みなみのさんかく座」
「みなみの...」のつく、これら3星座の正式な記述は次の通りです。

「日本語表記/学名」
「みなみのうお座/Piscis Austrinus」「みなみのかんむり座/Corona Australis」「みなみのさんかく座/Triangulum Australe」

奇妙なことにこれらの学名の「Austr...」がすべて異なっていることについて、坂井琢成さん(天文ハウスTOMITA/星の館)から質問をいただきました。筆者は、この違いに気づいてはいたものの、深く考えることなく漫然と見過ごしていました。確かに不思議で何か理由があるのでしょうか。
星座の学名はラテン語で記述されます。当初私は、「南の」を意味する形容詞はいくつかあって、「みなみの」星座が設置された際に、すでに表記が揺れていたにも関わらず統一されなかったものではないかと考えました。例えば、「みなみのうお座」と「みなみのかんむり座」は、プトレマイオス(AD2世紀)のアルマゲストに記載される古典的な星座です。原語はギリシャ語ですが、ラテン語に翻訳された時点で上記の記述になっています。(リンク先の一番下の方)
「みなみのさんかく座」は、ケイセルとハウトマン(16世紀)が南天に新設した星座で、その時点の記述が継承されたのではないかと推測しました。

しかし単なる「表記の揺れ」説も確信が持てないため、さらに調査した結果ラテン語独特の文法による可能性に気づきました。ラテン語の名詞と形容詞には「男性形」「女性形」「中性形」があって、同じ類型同士を組み合わせる文法があるのです。(これと似た特徴を持つ言語には、ドイツ語、フランス語、イタリア語、スペイン語、ロシア語 などがあります。)そこで、「みなみの○○」星座に含まれる性別属性を調べてみると以下の通りでした。
Austrinus : 男性形
Australis : 女性形
Australe : 中性形
さらに、Piscis(魚) は男性名詞、Corona(冠) は女性名詞、Triangulum(三角) は中性名詞です。このため、性属性を一致して
Piscis Austrinus
Corona Australis
Triangulum Australe
と書くことになるのだと思われます。ここまで一致するとかなり正解を確信しますが、この説を星座研究家の Ian Ridpath氏(英)に尋ねたところ、英語も言葉の性属性はないからでしょうか、氏もあまり深く考えたことがなかったと言います。
さらにRidpath氏から氏の関係する Rob van Gent氏(ユトレヒト大学/オランダ)らに確認して頂いたところ、とても詳しい教示をいただきました。「みなみの○○座」の学名の違いについては前述の筆者の推測で基本的に正しいということです。さらにラテン語の持つ「Case(格)」の属性を追加すると確実な説明となり、以下の通りです。

品詞性属性格(Case)
Piscis名詞男性主格
Corona名詞女性主格
Triangulum名詞中性主格
Austrinus形容詞男性主格
Australis形容詞女性/男性主格
Australe形容詞中性主格

名詞と形容詞は「性」「単数・複数」「格」の属性で語尾が変化します。形容詞は、修飾する名詞と属性を一致させる必要があります。なお上記6語はすべて単数です。 さらに、Austrinus と Australis は、「南の」を意味する同義の形容詞ですが、形容詞には大きく分けて「第一・第二変化形容詞」と「第三変化形容詞」の種類(クラス)があり、Austrinus は前者クラスの男性形、Australisは、後者クラスの女性形ということです。

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関連して、「みなみのうお座」に描かれる魚は一匹ですから、名称の「Piscis Austrinus」はラテン語の単数です。一方、「うお座」には二匹の魚が描かれており、ラテン語の魚の複数形が「Pisces」で、これがそのまま「うお座」の学名となっています。
また、(「南の」ではない)「かんむり座」の学名は「Corona Borealis」で、直訳すると「北の冠」となりますが、和訳では「北の」が省略されています。


更新履歴
2025. 4.30 初版掲載


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