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 星座の神話 定説検査(11)

うしかい座のアトラス説



まとめ

うしかい座のモデルについてはいくつかの神話が伝えられています。日本では、この中でも「巨神アトラス」とする説が 広く知られています。しかし、うしかい座のアトラス説は海外ではほとんど見ることができません。


検証・考察

うしかい座をアトラスと紹介する書籍の例
「星座大全 春の星座」(2003年)より うしかい座のページ
うしかい座は歴史的にも非常に古い星座で、原型は古代メソポタミアにあり、古代ギリシアでは紀元前8世紀の 古代ギリシア詩人ホメロスの『オデュッセイア』に、おおぐま座、オリオン座とともに早くも登場しています。 アラトス(BC315〜BC240 年ごろ)は、この人物の特定をしておらず、時代を下ったエラトステネス(BC275〜BC194 年ごろ)は、 おおぐま座となったニンフ・カリストの子アルカスとしています。さらに、ヒュギーヌス(BC64 年ごろ〜AD17 年)は、 アルカスの他、酒神ディオニュソスからワインを教わったイカリオスの姿だとしています。

 ところが、日本ではうしかい座をタイタン族の巨神アトラスの姿とする神話が プラネタリウム、星座解説書、百科事典等で非常に広く浸透しています。 しかしこの説は、古典や主要な海外書に見出すことができません。

『星座の話』野尻抱影(1954 年)/うしかい座の章より
 #石山となった巨人(神話)#
 この星座の巨人は、カリストーの子アルカスが、母とも知らず、かり犬をつれて、大ぐまを追っている姿 ともいわれますが、アルカスはふつう、小ぐま座に結びつけられています。そして、これは天を荷うアトラス と見られています。
 アトラスは、大神ゼウスの一族との戦いにやぶれた巨神族のひとりです。ほかの仲間は 底なし穴に閉じ込められましたが、アトラスがあまりに大きいのと、性質が温良だったので、 アフリカで頭と両手で空をささえることになりました。
 この野尻氏の引用元は、世界的に影響を与えたリチャード・ヒンクリー・アレン(アメリカ 1838〜1908 年) による大著『Star-Names and Their Meanings』(1899 年)の中にある記述と考えられます。 アレンは、うしかい座の章の中で、この人物の由来のひとつに「天の北極の近くで世界を支えるアトラス」とのみ 極めて短く記しています。しかし、この解釈は古典に存在していないアレンの誤りと考えられ、 これを野尻氏がそのまま紹介したものと推測されます。
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 それでは、うしかい座の正当なモデルはいったい誰なのでしょうか?
 ここでは、うしかい座に挿入される神話のひとつ、ヒュギーヌスの伝えるイカリオスとエリゴネの神話のあらすじを紹介しましょう。 この物語は、うしかい座の神話として有力であるにもかかわらず、日本ではあまり紹介されていないようです。

 酒神ディオニュソスは、アテネのイカリオスとその娘エリゴネに歓待を受けました。 ディオニュソスはお礼に父娘にワインを与え、その作り方を伝授します。ところが、イカリオスにワインをふるまわれた羊飼いたちは、酔いが回ったのを毒を飲まされたのだと勘違いしてイカリオスを殺してしまいました。イカリオスの愛犬マイラはエリゴネに急を知らせ、駆け付けたエリゴネはこれを悲しんで自殺してしまいました。ディオニュソスは、羊飼いたちを罰し、ブドウの収穫の際には、イカリオスとエリゴネのために果実の初穂を選り分けることを命じました。 そして、イカリオス父娘と愛犬マイラを天に上げ、イカリオスはうしかい座に、エリゴネはおとめ座(注1)に、愛犬マイラはおおいぬ座となりました。

初めてのワインを広めるイカリオス(中央)を描いた古代のモザイク画。左から酒神ディオニュソス、エリゴネ。 右端は、ワインを飲んで酔った羊飼いたち。AD2〜3世紀ごろ。(キプロス・パフォス考古公園ディオニュソスの部屋)

(注1)ヒュギーヌスは、ここに記すおとめ座をユースティティア(正義の女神)としています。 ユースティティアはローマ神話の女神で、ギリシア神話の正義の女神テミス、女神ディケーまたは女神アストライアと同一視されています。


※ 出典,参考文献
月刊星ナビ 2021年9月号 「エーゲ海の風」 (早水勉)


更新履歴
2021. 11.1 初版掲載


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