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 星座の神話 定説検査(10)

失われたオリオン座神話



まとめ

オリオン座は全天でも顕著な星座であるにもかかわらず、オリオンにまつわる神話は貧弱です。 その理由は現在でも謎となっています。神話学者たちは星座としてのオリオンに、 古代ギリシア各地の英雄たちの神話が徐々に星座に結びつけられたためと考えています。


検証・考察

メッシーナ(イタリア・シチリア島)のオリオン噴水(1865年撮影)。ジョバンニ・モントーソリが1547年に製作した。オリオン像は噴水の中心に配置されている。メッシーナは、ギリシア・ボイオティアと並ぶオリオンの聖地のひとつ。(コーネル大学図書館 所蔵)
オリオン座は全天でももっとも見事な星座のひとつでしょう。オリオン座は、ホメロスとヘシオドス による最古の文学作品にも登場し、最古の星座解説書であるアラトスのファイノメナにも記されています。 しかし、そこに謡われる神話は、英雄らしからぬ出生や冴えない神話ばかりです。これはいったいどうした ことでしょうか。

1.断片的で冴えない神話
現代に伝わるオリオンにまつわる神話には実にさまざまな伝承が存在しています。興味深いことは、 これらのオリオン神話は多くが断片的で、登場人物が異なっていたり矛盾した挿話が多数存在しています。 そして、伝説のほとんどは、他の伝承との関りの中で偶発的に述べられていたり、 後世の著作物の中であいまいに記録されているものです。 この事実は、星座にまつわる神話として、オリオン伝説は際立っています。
古代から現代にいたる、多くの神話学者の研究によると、これらの伝承は、地域的な民話に直結するもともとは独立した無関係の話だった可能性があります。 神話学者ローズ(Herbert Jennings Rose 英 1883-1961)らによると、星座のオリオンが存在する以前から オリオン神話は数多く存在しており、星座としてのオリオン座が認識されるようになって以降、 ボイオティア地域に伝わっていたヒーローたちが星座に結びつけられていったと述べています。

(例1)オリオンの誕生1 /アポロドロース「ビブリオテーケ」 AD1世紀頃
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アテネのペレキュデスは、オリオンは大地から生まれたとし、ポセイドンとエウリュアレ―の子であるともいう。
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(例2)オリオンの誕生2 /ユードキアの皇后によるイリアスの複写 BC2世紀
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ゼウス,ポセイドン,ヘルメスの三神は、ヒュリエウス王から歓待された。 三神はその礼に王に望むものを与えるというので、ヒュリエウスは我が子を望んだ。 三神が牡牛の革袋の中に放尿し、それを大地に埋めるとそこからオリオンが誕生した。
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(例3)オリオンのレイプと罰 /アラトス「ファイノメナ」 BC3世紀頃
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オリオンは女神アルテミスを姦そうとした。女神は罰としてサソリを放って彼を殺した。 それだからこそ、サソリが地平線の上に昇ってくると、オリオンは地平線の周りへ逃げ込むとのこと。
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(例4)女神アルテミスとの恋愛と死 /ホメロス「オデュセイア」 BC8世紀頃
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曙の女神エイオースはオリオンを愛した。アルテミスはそれを許さずオリオンを弓で射て殺した。
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(例5)オリオンの盲目化と回復 /エラトステネス「カタステルスモイ」 BC1世紀頃
この神話は、オリオン座の関連では現在に残る最もまとまった記述ですが、それでも非常に短いものです。
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オリオンは海神ポセイドンとクレタのミノス王の娘エウリュアレの息子です。それで海上を歩くことができ、 キオス島に行きました。そこで、オイノピオン王の娘メローペを姦したため、王はオリオンの目をつぶして追放しました。 オリオンは、レムノス島へたどり着き、そこで鍛冶の神ヘファイストスに哀れを乞うと、 神は従者ケーダリオンを与え、東の果ての太陽神ヘリオスを訪ねるように言いました。 オリオンは、ケーダリオンを肩に担いで東方へ行き太陽神に会って視力を回復しました。 オリオンは、オイノピオン王に復讐しようとしましたが、王は地下に逃れました。
オリオンはクレタ島に渡り、そこで女神アルテミスと母神レトとともに狩りをしました。 オリオンは地上の獣をすべて殺すと脅したため、大地は巨大なサソリを送りオリオンは死にました。
彼の死後、女神はゼウスに、彼を星座に配置するように頼みました。ゼウスはその願いを聞き英雄の死の記念とし、 さらにサソリも天に置きました。

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2.乏しい物的遺産
古代の出土品から得られる神話に関する情報は、主に古代の壺に装飾された絵,レリーフ,彫刻から得られます。 ところが、なぜかオリオンに関する出土品はほとんど得られていません。 筆者が調査したところでは、アテネ国立考古博物館,アクロポリス博物館,大英博物館,ルーブル美術館 の収蔵品の中に オリオンに関する古代作品は見つけられません。オリオンのネームバリューに反して、この事実はとても奇妙なことといえるでしょう。

3.筆者の推理 他
多くの断片的なピースを俯瞰して、筆者は次のように推理しています。
星座としてのオリオン座は、おそらく古代ギリシア世界で早期に共有されていた。 犬の星「シリウス」は、主人の狩人オリオンとともに重要な位置づけで、 季節を知るために人々の生活に根付いていた。これは、古代エジプトなどオリエント地方の文化が伝わったものでしょう。
一方、オリオンにまつわる神話は土着の神話が語り継がれたために、統一性に欠けていた。時代を下るにつれ、 オリオン神話は、後発の英雄たち、おそらくヘルクレス神話やテセウス神話に置き換わっていった。 中でももっとも成功した英雄であるヘルクレスに、オリオンの姿そのものも引き継がれていったのではないだろうか。 ヘルクレスは、元はドーリア人の伝説上の英雄と考えられているが、時代とともにドーリア人の枠を超えて ギリシア全土的な英雄に昇華したキャラクターです。 オリオンとヘルクレスには以下の点で多くの共通するものがあります。
・ ともに、古代ギリシア各地の土着の英雄像がキャラクター化したものと考えられる。 有名なヘルクレスの十二功業は、元は独立した神話だったものがヘルクレス神話に統合されたものとされている。
・ 両者とも怪力の持ち主で、獣の皮(ヘルクレスはライオンの皮)をまとい、こん棒がシンボルとなっている。
・ 両者とも死後の世界と通じている。
ヘルクレスもその発祥は古く、ホメロスの「イリアス」「オデュセイア」にも記載されています。 この早い時期から、徐々に土着神話のヘルクレス神話への統合が始まり、その中に各地のオリオン神話も含まれていったのではないか。 数世紀にわたるこうした神話の変遷の結果、英雄たるにふさわしくない伝承は、オリオン神話として断片的に残っていった。 星座のヘルクレスは古代ギリシアでもかなり遅い時期、エラトステネスの「カタステルスモイ」(BC1世紀頃?)が初出で、 それ以前は「膝を折る巨人(エンゴナシン)」とされていました。星座のオリオンはすでに広く定着していたために、 この固有名のなかった星座がヘルクレスの行きつく星座となったのではないだろうか?

星座のすばらしさに反して冴えないオリオン神話について、井上毅氏(明石市立天文科学館館長)も、この謎に取り組んでいます。 井上氏のご厚意により、氏の考察をここに掲載します。

  オリオン座の星座神話の謎 井上毅氏(明石市立天文科学館)


謝辞
イアン・リドパス氏(英),ケリー・ビーティ氏(米/Sky & Telescope),井上毅氏(明石市立天文科学館)には貴重な意見をいただくことができ、ここに御礼を申し上げます。


※ 出典,参考文献
月刊星ナビ 2021年2月号 「エーゲ海の風」 (早水勉)


更新履歴
2021. 6. 8 初版掲載


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